肉用牛
肥育経営

       

牛飼いは私の天職―

西 田 久 恵

 

.地域の概況

 

 

事例の存在する琴浦町は、鳥取県中央部からやや西寄りに位置し、平成16年9月1日、東伯町赤碕町が合併して誕生した総面積133平方q、人口2万人余りの中間農業地域です。

交通は海岸線に沿って国道9号線、JR山陰本線が東西に走り、県都鳥取市まで60q、西の米子市までは35qの所に位置しています。

 町の南部は、秀峰大山から連なる山地に囲まれた風光明媚な中山間地で、南北に流れる2本の河川(加勢蛇川、勝田川)の流域に沿って平野部が開けています。

日本海側は商工業地帯を形成し、中央部・丘陵地帯は県下有数の生産高を誇る農業地帯として盛んな農業が展開されています。

 産業別就業者数をみても、第一次産業への就業率は県下でも高く、農業の盛んな産業構造となっており、二十世紀梨、水稲、野菜を中心に県下の8%を産出しています。

一方畜産は、採卵経営(1戸)を除き、県下でも有数の畜産地帯として県畜産産出額の約25%を産出し、畜産に特化した状況が窺えます。

 また、町内の日本海沿岸は沿岸漁業地域として水産資源に恵まれていることから水産業も盛んに営まれ、県内屈指の水揚げを誇っています。 



2.経営・生産の内容


1)労働力の構成


家労働力2人

 本   人 農業従日数300日 年間労働時間 2,200時間 作業分担 飼養管理全般、ふん尿処理

 長男の妻 農業従日数300日 年間労働時間 1,100時間 作業分担 哺育育成、経理処理

 

 臨時雇用 のべ23人日 年間労働時間132時間

 


(2)収入等の状況


 農業生産部門収入

  肥 育 牛       販売量89頭 収入構成比 63%

  子    牛      販売量62頭 収入構成比 18%

  補てん金、奨励金  収入構成比 17%

  果樹(梨)       収入構成比  2%

 

  
(3)経営・技術等の実績


 

経営の概況

 労働力員数 家族1.5人 雇用0.06

 平均飼養頭数 肥育牛(乳用種) 100頭  肥育もと牛(交雑種)80

 年間販売頭数 肥育牛(乳用種) 89頭  肥育もと牛(交雑種)62

 所得率 25

 

生産性

 品種・肥育タイプ(交雑種肥育もと牛)

 肥育開始時平均日齢 ヌレ子導入

 肥育開始時平均体重 45kg

 肥育牛一頭当たり平均出荷月齢 7ヵ月

 肥育牛一頭当たり平均生体重 250kg

 平均飼育日数 200

 販売肥育牛1頭1日当たり増体重(DG1.025kg

 対常時頭数事故率 3.5

 

 品種・肥育タイプ(乳用種一貫)

 肥育開始時平均日齢 ヌレ子導入

 肥育開始時平均体重 45kg

 肥育牛一頭当たり平均出荷月齢 22.5ヵ月

 肥育牛一頭当たり平均生体重 800kg

 平均肥育日数 680

 販売肥育牛1頭1日当たり増体重(DG1.11kg

 対常時頭数事故率 2

 

 肥育牛1頭当り投下労働時間 18時間

 

  
(4)自給飼料の生産と利用状況


 労力の関係から草作りは断念。 

 

3.経営実績の特徴

 


・経営者としての原点

平成3年、突然夫が他界。途方に暮れる暇もなく200頭の牛を抱えての経営主としての新たな牛飼い人生が始まることとなった。

本人が経営主として経営を継承すると決断した背景には、結婚以来常に二人で経営に携わってきたものの、夫の後ろについて仕事をするのではなく自分に与えられた仕事は、自分の仕事として責任を持ってやり遂げること。それを夫が経営のパートナーとして認め、力に変えてくれた二人の生活があったところにその原点がある。

また、3人の子どもを抱え、やるしかないという強い信念があったことは言うまでもありません。

この、一人で150頭は飼えるという自信と強い信念は、今でも貫かれ誰も真似の出来ない女手一人による経営を支えています。

 

・経営戦略

労働力一人、しかも女性が200頭の牛を飼うに当たっては、それなりの整理が必要でありました。

そこで次の様な経営方針を定め実践されました。

 

牛を飼うことに専念し、草作りは断念する。従って、草作りに関係する機械は一日も早く処分する。

 

所得率が多少下がっても、人に頼める事は人に頼む。

 

この二点は最低の選択であり中でも経営の要である農業簿記への記入、牛舎作業に欠かせないショベルローダーの運転はどうしても避けて通れない課題で、一日も早い習得に努めることであった。

 

・記帳と経営分析

畜産経営者にとって記帳は経営管理のための第一歩。経営主はこのことをよく認識し、農業改良普及所の力を借りながらいち早くマスターし青色申告に活用することは勿論のこと、今ではコンピュータの導入で、数字の分析に努め、経営の改善に結びつけています。

 

・きめ細かな管理

牛舎内に入っても、牛はゆったりと落ち着いており喧騒感はありません。

これは女性特有の優しさが牛に伝わりストレスの緩和効果をもたらしています。

消毒、換気等牛舎衛生には気を配り、牛床、通路等も清潔に保たれ事故率の低減につながっていると同時に所得の向上に大きく寄与し、所得率は25%となっています。

また、哺育部門での事故も低く(5%以下)女性のきめ細かな感性が好成績につながっていると思われます。

 

・全ては自分の手で

素牛(ヌレ子)の手配から飼料、資材の手配等自分でできることは全て自分でこなし経営ロスの軽減に努めています。

特に、稲ワラは肥育経営にとって不可欠の粗飼料であるが、本人の人徳もあり地元を中心に100%確保しています。

 

・投資の抑制

現有規模への拡大は、夫が健在であった時に自己資金を中心として整備が終わっており、その後の新たな投資は車輌の更新にとどまっています。

このことが経営を有利に導いているといえる。

 


 
 

4.経営の歩み


1)経営・活動の推移


 

年次

作目構成

頭数

経営および活動の推移

昭和46年

 

 

 

昭和62年

 

平成3年

 

平成15年

 

平成17年

哺育+乳雄肥育

 

 

 

 

20

 

 

 

哺育牛100

肥育牛100

結婚と同時に就農

この間、自己資金を中心に牛舎 7棟

堆肥舎 2棟

飼料舎等 3棟 を逐次増築し現在の規模となる

 

 

夫が死亡したため経営主となる

 

長男の妻、経営に参加

 

家族経営協定の締結を検討中

 


2)現在までの先駆・特徴的な取り組み


牛飼いに専念

経営を継続するに当たり、女性一人の労力で一体どこまで出来るのかを考えた時、その答えは「牛飼いに専念する」ということであった。

その背景には、本人自らも肥育経営に携わってきた体験から牛を飼うだけであれば、一人で150頭は飼えるという自信に基づいています。

従って、草作りを含め人に頼めることは人に頼み、不必要な機械等は処分をし「牛を飼う」ことを最優先に今日までその姿勢を貫いています。

 

牛飼いの原点

本人の言葉を借りれば「牛飼いはそんなに難しいことではない」「毎日牛が快適に過ごせるよう、牛舎の換気、牛床の衛生、育成段階で粗飼料をいかに食べさせるかという努力をする。また、床面積にあった頭数、病牛の早期発見、治療という極当たり前のことを日々忘れないで実践する」ことだという。

大切なことは、牛飼いに専念するという方針のもと、十分といえないまでもこれらの努力を怠ることなくやってきたことが、今日の経営安定の基本となっています。

 

牛飼いに感謝

「牛飼いに専念するといいながら、時には人間も楽しくメリハリのきいた時間の使い方を工夫することで、一生を通じて楽しめる趣味を持ちたい。」「おしゃれもしたいしお酒も飲みたい。」「旅行もしたいし本も読みたい。」「趣味の三味線や大鼓を続けてこられたのも、牛飼いという良い仕事にめぐり会えたからこそ出来たこと。」

農業は自分の努力が実りやすい職業との考えのもと、毎日の作業を楽しんでいます。

 

  

5.環境保全対策

 
1)家畜排せつ物の処理・利用において特徴的な点


 ふん尿は全て牛舎内でオガクズに吸着させ、農協の堆肥センターへ搬入

 

 牛 舎(ローダー使用) →→ ダンプカー(運搬) →→ 農協堆肥センター(搬入)

 


2)家畜排せつ物の処理・利用における課題


 堆肥センターの運営が順調にいけば、現段階での問題はない。

 

 
(3)畜舎周辺の環境美化に関する取り組み


 牛舎が集落内に存在していることもあり、建物周辺には草花を植栽して地域との調和を図るなど環境保全には十分配慮されています。

また、舎内の清掃に努め、常に清潔な状態を保っています。

このことが畜舎衛生の保持につながり経営にプラスされています。

   

6.地域農業や地域社会との協調・融和のための取り組み

 


・認定農業者として

平成11年、認定農業者として認定され平成17年2月更新。

地域農業のリーダーとして活躍するとともに地区生産者部会の一員として仲間意識の醸成に努めています。

また、肉用牛振興大会での体験発表、畜産共進会への出品等、各種行事にも積極的に参加をして、知識の吸収、人とのつながりを大切にされています。

 

・学童、園児の見学等の受け入れ

町内にある小学校、保育園の学童、園児の見学について快く引き受け、畜産への理解を深める活動の一端を担っています。

 

・安来節保存会の一員として

経営主が女手一つでここまでやれたのは趣味の世界とはいえ、地域住民と積極的な関わりを持ち融和に努めてきたことで人望を得、そのことが経営を有利に展開できる大きな要因となっています。

因みに『安来節』にかかる唱と三味線は師範の資格を有し、鼓は準師範の腕前であり全国大会にも数回出場されています。

 

 

7.今後の目指す方向性と課題

 


 牛飼いの相棒を得て

10年余り一人で牛を飼ってきました。しかし、その過程では多くの方々に助けられとても感謝しています。

2年前から長男の嫁さんが思いもかけず経営に参加しています。(お嫁さんは非農家出身で都会のサラリーマン家庭の娘さん)

牛飼い人生2年生、3人の子どもを育てながら経営簿記と哺乳牛、育成期の牛の管理が彼女の仕事です。

どのように育っていくのか私の大きな楽しみです。牛を飼うことを通して、生き甲斐を感じたり、自分自身が成長したかなと感じたり、そんな想いを味あわせてやりたい。そのお手伝いが少しでも出来たらと思っています。

夫と一緒に働いていた時は、いくら協力しあって良い牛ができても評価されるのは一家の代表である夫でした。子育てや家事をこなしながら夫のパートナーとして同等以上の力で経営を支えている人もたくさんいます。

そういう人達にもっと光があたるようにできないかと思っています。そうなれば農家の女性達も今以上に自信をもって溌剌と生活ができるのではとも考えています。

そうした点からも「働くことへの視点」を変えて行かねばと思っています。

また、飼養規模については、現状どおりとしてゆとりを持った楽しい経営を目指したいと思っています。

牛舎が集落にあることから地域内で共存できる体制を作ることが今後に向けた大きな課題だと考えています。

そのためにも牛舎環境の保持は勿論、地域住民との融和に努めることが大切だと考えています。

 

 

8.事例の特徴や活動を示す写真

 


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