<<酪農にかけた40年の“蹄”(あし)あと>>

<<水田酪農からの脱却をめざして>>

<<鳥取県東部多頭化推進研究会 会長 安東和彦>

 

.地域の概況

 


 

当該研究会は、鳥取県の東部1市(鳥取市)3郡(岩美郡、気高郡、八頭郡)にまたがる区域を活動の拠点としています。

区域の面積は県土の43.3%(1,518.)を占めています、耕地面積は30.5%(11,200ha)と少なく、うち田が80.1%、畑が19.8%と県中西部地域と比べ、田の割合が高い構造となっています。

こうした中で水稲を中心に果樹、野菜、畜産等の農業生産が展開されています。

産業別就業者では、一次産業への就業率は低く(9.5%)二次、三次産業にシフトした産業構造となっています。

畜産については、戸数、頭数ともそのシェアは低く、粗生産額に占める割合も県全体に対し平成14年で13.8%(2,184千万円)となっています。

交通網は、日本海に沿って国道9号線、南北に走る国道29号線、同53号線が基幹となっています。 

 

2.指導支援活動の内容


1)指導支援の対象と活動内容



昭和45年から始まった稲作生産調整を契機として自己の水田の多くを飼料作物の作付けに切り替え粗飼料の自給体制を確立しましたが、なお多頭化を進めるためには飼料生産規模を拡大する必要がありました。

会員の中には転作田の集積を図り作付の拡大を目論む農家群が現れました。

その典型的なものは、昭和53年に設立された東郡家牧場組合で、2集落にわたる水田転作を飼料作に統一し5戸の酪農家が請負的に行うもので、飼料作物の大量生産団地が形成されることとなりました。

これに刺激され、会員がそれぞれの地域で粗飼料生産組合を結成することになり、このことは、現在新たなる取り組みとして実施している飼料用イネのホールフロップサイレージ、TMR飼料、東部コントラクター組合へとつながっています。

このことは同時に地域農業の維持、国土の保全といった公益的機能に寄与しています。

後継牛の育成、粗飼料の確保を目的に設立した農事組合法人「東部牛乳生産組合」はやがて発展的に解散し、昭和55年「東部畜産農業協同組合」(現在は鳥取県畜産農業協同組合)が設立されることとなり、同グループにより生産資材の供給、大型機械の共同利用(リース)、河川敷利用による粗飼料生産、乳用肥育牛の生産販売を行う専門農協として発展しました。

現在、職員(臨職を含む)約80名を抱え、地域の雇用創出に大きく貢献していると同時に、会員の活動の拠点としてその補完的役割を果たしています。


2)活動開始の目的と背景


 

この研究会は、当初、鳥取県東部地区の酪農家が酪農経営にとって不利とされる水田酪農の抱える課題を解決し、多頭化を実現するため77戸(376頭)で発足した任意集団であります。

現在は、会員数35戸、飼養頭数7,654頭で1戸当たりの飼養頭数は設立当初の4.9頭から47.3頭と多頭化を実現しています。

この間、昭和43年には組織内に婦人部、昭和45年には青年部(現在は親会に吸収)を設立し、組織の強化と研究活動の充実を図っています。

なお、この研究会は市町村の枠を越え、1市3郡(14町村)という広範囲な地域で活動を行っており、県内では類を見ない集団です。

農業基本法の制定に伴い、農業の選択的拡大という時代の流れの中で昭和40年、県下の酪農団体の組織整備が進み、更に乳価の不足払制度が発足するなど、酪農経営にとって明るい兆しが芽生えました。

しかし、県東部地区の耕地は水田と傾斜地を利用した樹園地が中心で普通畑は少なく、酪農が発展するためには粗飼料をいかに確保するか大きな課題を抱えていました。

このような時、いかにして水田酪農の壁を破り、多頭化するかという気運が高まり、都市近郊の専業酪農家を視察するなど検討を進めていた。その結果、粕類を利用することで粗飼料不足を補い、多頭化への足がかりとするため、酪農技術問題について農業改良普及所の指導を仰ぎながら再三にわたり技術交換会を開催しました。

こうした酪農家間の交流を重ねるうちに、互いに問題解決の意識が高まっていきました。

組織の設立には、規模拡大を志向する鳥取市及び郡家町の専業性の高い酪農家が中心となって話し合ったのが始まりとされているが、これらリーダー的酪農家が酪農による所得向上を目的とする者同志の相互理解と酪農技術の向上を図る情報交換の場を作るべく、共通の課題を持つ県東部の1市3郡の酪農家に呼びかけ昭和40年8月この研究会は設立されることとなりました。

 


3)活動の成果


 

1 設立以来、40年にも及ぶ長い地道な活動は、酪農家を強い絆で結び、仲間意識と連帯感を醸成し、飼養戸数の減少に歯止めをかける効果をもたらしています。

この間、婦人部、青年部を内部組織として設立し、家族一丸となった活動を展開しています。

2 設立後、10年、20年、30年の節目の年には記念大会を開催するとともに他に類を見ない活動記録として記念誌『(あし)あと』を刊行しました。

3 粗飼料基盤の弱い水田酪農の課題を解決し、多頭化に結びつけるという目的は他地区より先行する形で実現させました。

4 情勢の変化に対応した課題について研究会で研究、検討を重ね県下に先駆け東部酪農ヘルパー利用組合、東部コントラクター組合を設立し、他地区への波及効果をもたらしています。

5 更に東部畜産農業協同組合、有限会社TMR鳥取を誕生させ、地域農業や会員の活動の拠点として発展させています。

6 これらの組織は、研究会から独立した組織として現存し、地域農業の維持発展に寄与するとともに、新たな雇用の機会を創出する経済的効果をもたらしています。

7 昭和45年に開発した「コープ牛乳」から始まった産直交流は、現在でも盛んに実施されているがコープ牛乳の開発は大山乳業農協鳥取工場がその中心的役割を果たしていることもあり、交流会参加者の会員宅への受け入れ等早くから実施しています。

そうすることで消費者には「安心と信頼感」を与え、自らは乳質改善への関心の高まりといった相乗効果をもたらしています。

 


4)成果を生むまでの過程


1 多岐にわたる課題解決のための努力

この研究会は、粗飼料生産基盤の少ない東部の水田酪農家が、水田酪農の抱える課題をいかにして解決し、酪農を安定的に発展させるかを研究する集団であります。

その取り組みは設立当初のビール粕などの粕利用によって粗飼料不足を補い多頭化への足がかりとしたのをはじめ、酪農経営を行うために解決すべき課題を取り上げ設立以来40年という長い活動を継続しています。

その主な活動内容は次のとおりです。

粗飼料の確保対策・・・

 転作田の共同利用と飼料生産組合の設立(昭和53年)、サイレージコンクール(昭和55年)、TMR組織の設立、コントラクター組合(平成11年)

後継牛対策・・・・・・

乳牛育成牧場の開設(昭和45年)

乳質改善対策・・・・・

生乳品質改善コンクールの開始(昭和55年)

飼養技術対策・・・・・

各種講演会、技術研修会、意見交換会、県内外視察研修の実施

組織強化対策・・・・・

婦人部(昭和43年)、青年部(昭和45年)の設立による仲間意識、連帯感の醸成

労務管理対策・・・・・

ヘルパー利用組合の設立(平成元年)

拠点づくり・・・・・・

東部畜産農業協同組合の設立(昭和55年)

消費者対策・・・・・・

生協との産直交流の実施

等々、酪農を取り巻く情勢の変化に対応しながら強い絆で結ばれた仲間意識のもと、種々の課題に取り組み会員の創意工夫でその解決策を見い出し、目的を達成してきた。これらの活動は県内でも高く評価され昭和62年、朝日農業賞県代表として推薦されています。

なお、設立10周年、20周年、30周年と過去3回にわたり記念大会を開催するとともに記念誌を発行(婦人部、青年部も同様)し、活動の記録を編集しているが、この様な事例は他になく異色の存在といえます。 

2 多頭化への取り組み

会員の多頭化の推移は下表のとおりであり、県下に先駆けその多頭化が進んでいることが良く分かります。

一方、飼養戸数を見ると県下の戸数が昭和40年対比5.7%と大きく減少しているのに対し、研究会では45.5%の酪農家が経営を継続している点は大いに注目すべきであります。

このことは、研究会の存在が大きく関与し会を通した仲間意識と連帯感とともに熱心な活動の成果だといえます。

 

40年代・・・・・

粗飼料不足を補うため採用したビール粕利用による多頭飼育技術の確立と水田転作に伴う粗飼料基盤の確保で規模拡大が進む

50年代・・・・・

農業構造改善事業、酪農団地造成事業、資金対応、水田再編指導事業、同和対策事業

60年代・・・・・

公社営畜産基地建設事業

 

 

研究会

鳥取県(全体)

一戸当たりの

平均飼養頭数

一戸当たりの

平均飼養頭数

昭和40年

77

4.9

4,940

2.5

  45年

76

8.4

3,710

4.1

  50年

56

22.8

1,820

6.3

  55年

57

39.4

1,270

10.6

  60年

49

41.4

830

16.5

平成 2年

52

40.8

620

21.6

   7年

46

42.2

450

27.6

  12年

39

41.2

330

33.0

  15年

35

47.3

280

40.0

対45年比

(44.5%)

 

(5.7%)

 

 

3 各組織の設立

 (1)粗飼料生産組合

昭和45年に始まった稲作生産調整による水田転作を契機に転作田の共同利用による粗飼料生産体制として、相次いで粗飼料生産組合(東郡家、西郡家、山東、青谷町等)が設立されているが、その設立にあたっては会員の交流活動の中から発案されたもので、粗飼料生産基盤の確立に大きな力を発揮しました。

 (2)農事組合法人「東部乳牛生産組合」

昭和45年、規模拡大に必要な後継牛の確保を図るために設立され、3つの放牧場(美歎(みたに)牧場、平木山(ひらぎやま)牧場、志保谷(シボタニ)牧場)を開設し会員の育成牛放牧飼養を行い後継牛の育成確保に有効に機能した。この放牧事業は昭和51年県営放牧場が3ヵ所開設されたことに伴って中止され、以来育成牛は県営放牧場へ預託することとなりました。

(3)東部畜産農業協同組合

昭和55年「東部乳牛生産組合」は、発展的に解散して「東部畜産農業協同組合」(現在は鳥取県畜産農業協同組合)を設立し、会員活動の拠点的役割を果たしているとともに、酪農振興の補完的役割を受け持っています。

(4)東部酪農ヘルパー利用組合

月1回の休日を取れる酪農を目指し、昭和63年、定休型ヘルパー事業実行委員会を設立し、先進事例の視察検討、会員の意向調査を経て、平成元年、25戸で東部酪農ヘルパー利用組合を設立しました。

このことが鳥取県酪農ヘルパー事業組合設立の大きな原動力となっています。

(5)()TMR鳥取

研究会ではTMRの採用について様々研究を重ねた結果、平成11年「有限会社TMR鳥取」の設立となりました。

現在、18戸が利用し約1,500頭の牛(肥育を含む)に給与されており、飼料の安定供給に寄与しています。

また、平成13年からは飼料用イネの栽培普及に伴い、サイレージ化した稲発酵粗飼料を原料とするなど自給粗飼料の積極的利用を図っています。

(6)東部コントラクター組合

平成12年、飼料用イネの栽培普及に伴い、転作田等への堆肥散布から収穫まで扱う組織としてコントラクター組合を設立し、地域農業の維持に貢献しています。

平成15年度は約100haの転作田で飼料用イネの栽培を行い、8,434ロールを収穫し利用に供しました。

 

4 地域社会への貢献

上記3で設立された各組織は、研究会内部から誕生したものであるが現在はいずれも会から独立した型で存在しています。

また、独立に際し、地域に雇用の機会を創出し、各組織合計で100人を越える従業員を抱え、消費者交流を含め地域の経済活動に大きく寄与しています。

 

5 消費者交流

研究会員は全員、大山乳業農協の組合員でもある。大山乳業農協では昭和45年のコープ牛乳により、京都生協との間で盛んな交流が行われています。

コープ牛乳の誕生には、大山乳業農協の鳥取工場がその実現に努めた経過があり、産直交流の主力は県東部地域でありました。

また、研究会員の多くは鳥取県畜産農協の組合員であり、畜産農協は美歎(ミタニ)牧場を中心に生協との産直交流を盛んに実施しています。

こうした交流活動には、研究会員も深く関わっており消費者への安心・安全の発信源になっています。

 


5)現在の課題と新たな展開方向


 

水田酪農の壁を克服し、多頭化するという当初の目的は、ほぼ達成したといえるが酪農を取り巻く情勢は日々変化しており、時代の変化に対応した課題は次々と発生します。

この研究会の特徴は、新たな課題に対し会員がお互いに研究し、解決するところにありこの姿勢は今後においても変わることはありません。

これからも背伸びすることなく、自然発生的な課題への地道な取り組みが、この会の維持、存続を可能にすると考えている。幸い40年をかけて培った仲間意識は、会員を強い絆で結んでおり、指導機関との連携を密にしながら、地域との共生を軸に更に課題解決に向けた努力を重ねたと考えています。

昨年、搾乳ロボット(県下で初めて)を導入した大型経営が出現したように、酪農技術は高位平準化の道を辿っている一方で、諸般の事情から規模の縮小や経営の廃止を余儀なくされる経営体も見られ、二極分化の傾向が芽生えつつあります。

こうした背景の中で、地域や消費者の理解を得ながら経営を維持発展させるためには、環境保全対策をはじめ粗飼料の確保、後継者、飼養技術、乳質改善等様々な課題と向きあわねばなりません。

折しも、平成17年は、研究会設立40周年を迎えます。

今までと同様に、記念大会と併せて記念誌の発刊を予定していますが、40周年を契機に新たな展開の方向を示したいと考えており、それはまさしく今後の会の発展を図る上での永遠のテーマといえるでしょう。


6)活動の年次別推移


 

年 次

活動の内容等

成  果

課題・問題点等

昭和408

研究会の設立

会員数77名、376頭

1戸当たり4.9頭でスタート

4142

粕類を利用した給与と省力化技術の検討(先進地視察、研修会、技術交換会)経営実績発表会開始

練餌給餌が一般化する

多頭化の芽生え・・新増築

多頭化への経営技術の修得

 

42

中央畜産会優良畜産技術発表会で県代表発表

鳥取市上原 山口直 氏

 

432

婦人部の発足

59名、経営技術の向上と仲間づくり

 

454

青年部設置

12名、経営技術向上と後継者育成

1戸当たり11.5頭へ拡大

農事組合法人東部乳牛生産組合設立

後継牛確保を目的として牧場運営

 

492

設立10周年記念大会

会員1戸平均飼養頭数20.6頭、会員1戸平均牛乳出荷量64,585kg

更に多頭化経営の安定化を図る

1戸当たり20.6頭

53

東郡家酪農団地造成

50頭規模×4戸

 

54

婦人部、青年部10周年記念大会

嫁が喜んで来る酪農経営の確立

 

55

サイレージコンクール

優秀サイレイージ表彰

 

牛乳品質改善コンクール開始

環境調査、花いっぱい運動

 

東部畜産農協発足

生産資材の供給、河川敷等を利用した粗飼料確保、大型機材の共同利用

 

57

西郡家酪農団地造成

4戸酪農団地造成

 

茗荷牧場団地造成

 

 

60

設立20周年記念大会

会員53名、1会員平均頭数40.0頭、平均牛乳出荷量161,905kg

 

62

県朝日農業賞受賞

昭和62年鳥取県代表受賞

 

63

婦人部、青年部設立20周年

健康で安定した酪農経営と共に進めようー複式簿記取り組み強化

 

平成 元年

東部酪農ヘルパー利用組合設立

県内トップをきって定休型ヘルパー利用組合設立

 

7

設立30周年記念大会

 

 

10

婦人部設立30周年記念大会

 

 

1112

(有)TMR鳥取を設立

 

(組合員8名)

飼料の製造・供給

/月 600

 

14

コントラクター組合を設立

東部コントラクター組合(町コントラクター組合)、山東飼料生産組合47戸

 

 

 

3.まとめ

 


 

この研究会は、水田酪農のもつ課題を解決すべく、鳥取県東部地区に散在する酪農家が相寄って結成した技術交流や経営情報研究を行う広域組織で、その成果をそれぞれの会員が自己の技術水準の向上に役立て、かつ、所在する地域(集落)に適応した形で実践するという機能を持つところにその特徴があります。

研究会の歴史は古く、昭和40年の発足からおよそ40年を経過しようとしています。この間、内部組織の強化を図りながら多岐にわたる課題と取り組み、次の様な成果をあげています。

1 県下に先駆け多頭化を実現

2 飼養戸数の減少傾向に歯止

3 様々な生産組織の設立による経営の合理化、安定化の推進

  ・各地区粗飼料生産組合による粗飼料生産体制の確立

  ・東部乳牛生産組合による後継牛育成のための牧場の運営

  ・東部畜産農業協同組合の設立による会員の酪農拠点づくり

  ・県下に先駆けた東部酪農ヘルパー利用組合及び東部コントラクター組合の設立と県下への波及

  ・()TMR鳥取の設立と飼料用イネの栽培普及効果

4 これら組織の設立は、新たな雇用の機会を創出し、地域経済に寄与しています

5 消費者交流を通した信頼感(安心・安全)の醸成

以上のような成果をあげてきたこの研究会は、今日においても積極的に活動を続けており、県内酪農家は勿論、農業全体でも高く評価しされています。

なお、設立10周年、20周年、30周年の節目の年には記念大会を開催するとともに活動記録として『蹄あと』を刊行しているが、任意の研究集団としては他に例を見ない異色の取り組みであります。