酪農家の心を食卓へ

〜生産から販売まで〜

大山(だいせん)乳業農業協同組合

http://www.dainyu.or.jp/

 

.畜産を核とした地域振興活動の概要

 


 大山乳業農業協同組合は「生産者自らが生乳の生産、処理、加工、販売の一貫体制に取り組み、組合員の利益擁護を図る」ことを基本理念に1946年、創立しされた任意組合「伯耆酪農組合」を前身として1966年、当時の3団体の合併を契機に改称を行い、発展してきた酪農専門農協である。

その後、当組合の基本理念に共感した各地区の酪農組合と合併を重ねながら、2003年4月、県下の酪農家100%が結集し、組合員だけで生産した生乳60千トンを扱う全国でも類を見ない県下一円の団体としての不動の地位を築いた。

直営工場から生産される製品は「白バラ」の愛称で親しまれ、その名は県内外の消費者に広く定着している。

(1) 京都生協との間で始まった産直牛乳「CO−OP牛乳」の誕生は産直交流へと発展し、都市と農村の交流を行う機会を作り

(2) やがて「CO−OP牛乳産直交流協会」の設立へと発展し、交流を行うための施設整備へと繋がっていった。

(3) 又、新たな交流拠点「大山まきばみるくの里」は、一般消費者を対象として運営を始めたものであるが、立地条件に恵まれていることもあって、観光スポットとして観光産業の振興に一役買っている。

(4) 児童、生徒を中心とした工場見学は、牛乳に対する正しい理解を深めるための場となっているなど、生産活動とは直接関係ないところで当組合活動と深い関わりを持っている。

これらの活動は、本物の牛乳を提供したいという酪農家の心の表れであり、消費者との間に揺るぎない信頼感を醸成するのに大きな力となっていることは見逃せない。

(5) 土地利用型農業が衰退していく中で、飼料作物の作付による土地の有効活用は、農地の保全管理の面で地域農業とも連動し

(6) こだわりの瓶牛乳による宅配事業の拡充や牛乳を利用した加工製品の開発は工場の新増設となって、地域の新たな雇用を創設し、地域経済の活性化も大きく関わってきた。

 

当組合は、こうした活動を通して地域と密着するとともに、消費者の信頼を得てきたものである。

そして、生産者には高い乳価を還元することで経営安定と生産意欲を喚起し、消費者には良質で安心安全な牛乳を提供する酪農専門農協として、今後とも更なる発展が期待される。

 

2.地域の概況

 


 
ア.立地条件

鳥取県は、山陰地方の東部に位置し、東西に長く南北に短い。南は山陰と山陽との分水嶺である中国山脈が東西に走り、北は日本海に面している。

河川は南から北へ流れ、千代川、天神川、日野川は県下の三大河川で、日本海に注ぎ何れも流程は短い。

気象は典型的な裏日本型気候を現しており、春から秋にかけては比較的温暖であるが、冬は大陸からの季節風の影響を受けて降雨、降雪量が多い。

総面積は3,500平方キロメートルであって、耕地は約10.6%にすぎない。しかし、県西部には中国地方第一の秀峰大山がそびえて広大なる裾野を拡げ、黒ぼく畑地帯と海岸部には鳥取砂丘をはじめとして砂浜海岸が東西に連なっており砂丘畑として利用されている。

イ.地域の産業、農業、畜産の状況

総就業者数に占める第一次産業就業者は14%で、県内総生産に占める第一次産業の割合は3%と少なく第二次、第三次産業の占める割合が大きくまた増加している。

農業粗生産額は、739億円で米26%、畜産27%、果樹14%、野菜23%とバランスがとれているのが特徴であり、生産農業所得は農家1戸当り668千円、耕地10a当り67千円と中国地区では比較的高い。

本県の農業生産は、不毛の砂丘地や大山山麓の原野を開墾し、灌漑施設を整備し二十世紀梨、すいか、らっきょう、長芋、白ネギ等の野菜栽培、さらには大山山麓を中心とした酪農、山間地帯の肉用牛など多様かつ特徴的な農業生産が行われている。

本県の畜産は、古くは因伯牛で代表される和牛の種畜生産地として肉用牛を中心として栄えて来た。一方、酪農の歴史は古いが本格的に酪農振興がなされたのは、30年代〜40年代にかけての海外をはじめとする乳牛導入による大型化、資質等の改良がなされた頃であり、この頃酪農組合が合併して大山乳業農業協同組合が誕生(県内シェア乳量で63%)している。

現在の本県の畜産は、粗生産額201億円で鶏36%、乳牛30%、豚22%、肉用牛12%の順となっている。

酪農は、戸数280戸で11,200頭と戸数は僅かながら減少しているが、頭数は増加傾向にあり規模拡大が進んでいる。

肉用牛は、戸数730戸で22,600頭と戸数、頭数ともに減少している。

養豚は、戸数60戸で73,700頭と戸数、頭数ともに減少している。

養鶏は、採卵鶏戸数30戸674千、ブロイラー40戸2,663千羽で採卵鶏は戸数、羽数ともに年々減少している。ブロイラーは戸数は横ばいで、飼養羽数は増加している。

 

 

.地域振興活動の内容


(1)活動開始の目的と背景


 
活動の基本は、あくまでも「自らが牛乳の生産から販売まで行い、組合員の利益擁護を図る」とした創業の理念を追求することに立脚している。

そのためには、酪農家の力を一本化、組織力の強化を図ることが必要であった。

戦後の経済復興が進むのと併行して、大手メーカーもその資本力を武器に、県内酪農家を系列下に囲いこもうとする動きが強まる中で、資本系列下に対する反発、高い乳価を維持するためには、自らが処理工場を持ち付加価値を高めることが必要であるといった生産者の声が高まっていった。

更に加工原料乳生産者補助金等暫定措置法(不足払い法)等酪農3法の施行に伴う乳業組織の再編・強化、指定生乳生産者団体の指定をめぐり、酪農家の間で危機感が強まっていった。

こうした事情を背景として、酪農経営に対する危機感と先見性をもった当時の3酪農組合が結集して、今日の「大山乳業農業協同組合」が誕生することになるが、そこには創業理念が強く貫かれている。

一方、販売の面においても人口の少ない鳥取県にあっては、牛乳の地場消費に限界があり、県外販売にその活路を求めることが必要となる。

自ら生産・処理し自ら責任をもって本物の牛乳を販売したいとする酪農家の心は、紙容器による量販店販売にシフトする中で大手乳業メーカーと逆行して瓶牛乳による宅配販売事業に重点をおいた宅配店づくりに力を入れてきた。今では瓶牛乳による宅配事業のシェアは50%と当組合の主力製品となっている。

本物の牛乳を届けたいとする酪農家の心は、生産者の顔が見える本物の牛乳、安全安心な牛乳を求める消費者の心と一致して、「CO−OP牛乳」が誕生しこの産直牛乳を通した消費者との交流が始まる契機となった。

産直交流の進展により消費者との絆はより強固なものとなり、その後各地に輪を広げながら、今日では様々な交流が行われるようになっていった。

こうして事業が拡大することで、牛乳処理や新製品の開発のための工場の増設が図られ、結果として地域での雇用の機会の創出や、児童生徒をはじめとする学校教育、社会教育への関わりを強めていくこととなった。

 


(2)活動の位置づけ



 


(3)活動の実施体制



 


(4)具体的な活動の内容と成果


 ・大同団結

当組合の歴史は、1946年、同志32名で設立した任意団体「伯耆酪農組合」に遡るが、今日の隆盛を極めたのは酪農業界を取り巻く情勢の変化に、酪農民の危機感が芽生えたことを契機として、大同団結の気運が高まった時点からスタートしている。

「生産から販売までを農民の力で」との信念と使命感をもって設立された当組合にあって、大手メーカーがその資本力を武器に、県内酪農家を系列下に置こうとする動きが強まる中で、大手メーカーの系列下で「酪農家の使命ともいえる本物の牛乳を消費者に提供できるのか」「酪農家の利益擁護が図られるのか」等の危機感が高まっていった。

又、「単なる牛乳の集配、販売のままでは時々の需給関係に振り回され、高い生産者乳価は維持できない」との不安が増す中で、県下の酪農家を結集し、自ら牛乳加工場を持ち、付加価値をつけながら需給調整機能を向上させ、高い乳価を確保して組合員に還元することが必要となるとの意識が組合員の間で強まっていった。

一方当時は、加工原料乳生産者補給金(俗に言う不足払法)等をめぐる酪農3法の施行を目前として、乳業界の組織再編・強化が求められる中で、指定生乳生産者団体の指定をめぐって、県内酪農組織を二分した激しい攻防が繰り広げられていた時期でもあった。

そこで、1966年3月、酪農経営に対する危機意識と先見性をもった3組合(伯耆酪農、美保酪農、東部酪農)が合併し、ここに「大山乳業農業協同組会」が誕生することとなった。

この段階における県内シェアは、組合員数で53%(2,600名)、乳量で63%(17,000トン)を占めることとなった。

そして同年、指定生乳生産者団体の指定を受けることとなり、消費者への良質な牛乳の提供を目指して受託販売事業を開始し、組合員一丸となって、牛乳の生産、処理、加工、販売に邁進することとなった。

その後、飼料価格の値上げと低乳価、オイルショック、計画生産時代への突入、大手メーカーとの厳しいシェア争いといった幾多の困難を経る中で「酪農家自らの手で生産し、処理し消費者へ届ける」「組合員のための組合」とする当組合の理念に共感した5地区の組合が、1978年から89年にかけて順次加入、県下酪農家の95%が結集することとなった。

これにより、年間約54,000トンの生乳を処理、加工する全国屈指の酪農専門農協として不動の地位を築いた。

更に、2003年4月、残った1組合との合併が実現し、県下酪農家100%が結集する大同団結は結実した。

・宅配ルートの開発と瓶牛乳へのこだわり

1975年初頭から、大部分の乳業メーカーは1リットル紙容器による量販店販売にシフトする中、当組合は「酪農家自らが生産し製造し、その製品には自らが最終責任を持つ」という理念のもとで、当組合が生き残るためには「安定生産」「安定供給」「安定消費」「安心安全」の4つのキーワードに的確に対応する宅配販売事業を開発、拡充が必要であるとの判断から、組合員一丸となって宅配事業の拡充に努めた。

又、その流通形態では、組合独自に開発した牛乳瓶を使用し、リサイクル可能な瓶流通に力を注いできた。

瓶牛乳による流通量はおよそ50%に達し当組合の主力製品となり、牛乳瓶

の回収率も95%を超え、リサイクルに大きく貢献している。

このように、鮮度、品質にこだわって本物の安心安全な牛乳を提供することで、消費者と生産者が共生することのできるよう宅配を拡充してきた結果、現在では飲用牛乳に占める瓶牛乳の宅配シェアは50%を維持している。

大手量販店との販売競争を避け、消費者を1戸1戸回る独自の販売網による販売力を培ったことで、関西地区を中心に滋賀県から福岡県にかけ11県500店、30万世帯へ良質な牛乳を提供していると同時にこの宅配事業は消費者(高齢者、独居者)に対し、ヘルパー的要素を併せ持つ効果が秘められている。

 

・生協ルートの開発と消費者交流

県内人口60万人の鳥取県において、牛乳の地場消費には限界があり、当然県外へ向けた販売戦略をとらざるを得ない。

何とか京阪神へ送ることが出来ないかと考えていた。しかし、現在のような交通体系でなく無謀なことだと考える人が多い時代であった。

1960年代、高度経済成長の大量生産・大量消費という時代の中で、消費者から「生産者の顔の見える本物の牛乳、安心安全な牛乳」を求める動きが出てきた。一方、この消費者の要望に対し「生産者自らの手で混ぜもののない本物の牛乳を提供したい」という当組合の思惑が一致し、京都生協との間で牛乳の産直が開始されることとなった。

1970年春、産直商品1号として「CO−OP牛乳」が誕生し、当組合と京都生協を中心に生産者と消費者が提携した産直活動が強化されていった。

産直活動の進展は、生協の伸長とともに他の加工製品(アイスクリーム、菓子、ヨーグルト、シュークリーム等)の取引の拡大をもたらし、工場施設の拡充、増産体系の整備等、当組合の事業発展に深く関わっている。

その後、消費者と生産者との取引関係が強まって行く中で、生協組合員から当組合の牛乳について「いのちのある水」と評されるほど信頼関係が深まり、1970年代のオイルショックを契機とした酪農危機時代には、京都で1,000人の生協組合員を集めた「酪農危機突破CO−OP牛乳を守る組合員集会」が開かれたこと、また、牛乳1本当たり80銭のカンパをいただくなど、消費者から温かい支援が向けられたことは特筆に値する。

そして、産直開始15周年目には牛乳の安定供給や交流会の開催等に関する

「協同組合間協同に関する協定」が締結され、両者は名実ともに強い絆で結ばれることとなった。

牛乳を介して始まった交流は、やがて実際に顔の見える交流、心のふれあえる交流を求める声へと変わり、両者の交流拠点を整備することとなった。

1979年、東部地区の「美歎(みたに)牧場」を産直交流牧場「コープ美歎牧場」と位置づけ、交流拠点としたのをはじめ、産直20周年目の1990年には、京都生協、当組合で1億円を拠出して「CO−OP牛乳産直交流協会」を設立し、ふれあい研修館、体験学習施設、交流キャンプ場を整備した。今ではこれらの施設を利用した様々な交流が実施され消費者との信頼関係を構築する大きな役割を果たしている。

更に近年は「酪農家の作業を体験して、生産者の苦労や思いに直接触れながら産直について学び、日本の食料生産現場を知るとともに雪印事件、BSEや不正表示など食の安全と信頼が失われている中で、本物の牛乳作りにこだわってきた生産者と直接交流することで、日本の食糧と現状について理解を深め機会とする」ことを目的に、大学生を対象としたファームステイによる酪農体験学習を行う「大山インターシップ」をスタートさせるなど、交流の内容も変化し、参加者からは好評を得ている。

 

・新たな交流拠点

1998年、大山放牧場の一角に、芝生ひろば、乳製品の体験みるく工房、搾乳体験、レストラン、資料展示室等からなる「大山まきばみるくの里」の運営を開始した。

この施設は、新製品のアンテナショップとして活用する一方、一般消費者にサービスの提供を行うとともに、ふれあいの場、憩いの場、空間を提供し県内外の多くの観光客に喜ばれている。

大山国立公園という風光明媚な場所へ立地していることもあり、今や観光スポットとして周辺の施設ともリンクし県観光産業の一端を担っている。

又、毎年秋には、消費者への感謝をこめて「大山まきば祭り」が企画され、生産者、組合一体となってサービスに努め、参加者から好評を得ているとともに、酪農に対する理解を深める場ともなっている。

 

・その他

良質牛乳を確保するためのきめ細かな指導と高品質牛乳の開発

乳量確保に向けた牛群検定の実施

改良同志会による乳牛改良の推進

定休型酪農ヘルパーの充実

加工部門の設置による乳価の安定

等々、様々な取り組みを重ねながら着実に今日の「大山乳業農業協同組合」は存立している。

今日までの地道な努力は、単に地域農業の発展に寄与したばかりではなく、雇用の創出といった地域経済とも深い関わりを持ち、今後においても安定した発展が見込まれるところである。


(5)活動の年次別推移


 

年 次

活動の内容等

成果・問題点等

昭和41年3月

 

 

 

 

昭和45年5月

 

 

昭和53年9月

 

昭和58年7月

 

昭和60年4月

 

 

 

昭和63年3月

 

平成元年4月

8月

 

平成2年5月

 

 

平成8年10月

 

平成10年4月

 

 

 

平成15年4月

大山乳業農業協同組合誕生

(伯耆、三保、東部三酪農組合合併)

 

 

 

CO−OP牛乳誕生

 京都生協との産直活動開始

 

中部酪農気高地区と合併

 

香取地区加入(準組合員)

 

産直交流15周年

 

 

 

県西部地域の旧日酪と合併

 

西部地域の汗入地区と合併

 

 

産直交流20周年

 CO−OP牛乳産直交流協会設立

 

大山乳業農業協同組合創立50周年

 

「大山まきばみるくの里」オープン

 

 

 

中部酪農組合と合併

 

指定生乳生産者団体の指定を受ける。

集送乳の一元化、合理化を図る。

大手メーカーの酪農家系列化拡大防止。

オイルショックによる酪農危機。

 

「酪農危機突破・CO−OP牛乳を守る組合員集会」等消費者の支援受ける。

 

 

 

 

 

牛乳の安定供給や交流会開催等に関する

「協同組合間協同に関する協定」締結

交流活動を開始

 

 

 

組合員シェア−約95%(残るは中部酪農組合)

 

 

キャンプ交流、ヨーグルト製造体験等拠点の整備

 

 

 

 

牧場広場、ふれあい畜舎、ミルク工房、レストラン等大山まきば祭等による交流活動開始。

 

 

県単一酪農専門農協となる(組合員シェア100%)

新工場建設(平成15秋完成予定)

 

 

 

4.地域振興活動の波及効果の可能性

 



ア.当組合は「生産から販売までを農民の力で」との信念と使命感をもって、1946年に発足した任意組合「伯耆酪農組合」を前身として発展してきた団体であるが、牛乳の生産、処理、加工、販売を行う過程において、地域農業への関わりとともに、地域社会の経済活動に大きく関与してきた。

事業の拡大に伴う利益は、組合員に還元されて酪農家の安定経営、規模拡大をもたらし、鳥取県の酪農の振興に大きく貢献している。

又、転作田や耕作放棄地に飼料作物を栽培することにより、農地の保全管理等土地利用型農業の振興の一翼を担うなど地域農業の発展にも寄与している。

一方、牛乳処理工場の新増設は、地域社会に新たな雇用機会を生むこととなり、地域経済の活性化に大きく関わっている。

 

イ.1970年、京都生協との間に誕生した産直牛乳「CO−OP牛乳」は、消費者と生産者との交流へと広がりを見せ今でも盛んに交流が続いている。

近年、大学生活協同組合連合会との間では、ファームステイして実際に酪農体験を行う「大山インターンシップ」が企画され酪農、牛乳に対する理解を得ることはもちろんのこと、体験を通して食の問題や農業について語り、互いに学習するなど、新しい交流の形も芽生えてきている。このことは、生産者に新たなる刺激となり、地域を超えた消費者とのつながりはますます深まっている。

 

ウ.「CO−OP牛乳」に始まった産直交流は、他の農業団体へも波及して「鳥取県産直協議会」の設立へと発展することとなり、牛乳のみならず農産物、水産物を巻き込んだ年2回の鳥取産直フェアにつながり、鳥取県農畜水産物の消費拡大と産地の活性化に寄与している。

 

エ.地域を超えた消費者とのつながりについては、新たな交流拠点として、大山放牧場の一角に「大山まきばみるくの里」をオープンさせ、県内外の一般消費者に対して、ふれあいの場、憩いの場を提供し、酪農、牛乳に対する理解を深めるための施設として機能している。

その一方で、この施設は観光地大山の「観光スポット」として多くの観光客から好評を得、鳥取県観光産業に少なからず貢献している。

 

オ.県下の全小中学校への学校給食用牛乳の提供は、児童生徒の体力の向上に大きく貢献するとともに、児童生徒をはじめ各種団体の牛乳処理工程等の見学者受入れ等、学校教育や社会教育の実践に深い関わりを持っている。

 

5.今後の活動の方向・課題等

 


 当組合は現在約60千トンの生乳生産量であるが、組合員の生産した牛乳だけで事業の展開を図る(県外で生産されたものは使わない)ことを基本としていることから、販売計画に見合った生乳生産が求められる。

県下の酪農組織を一本化したことで、当面生乳の確保は図られてきた。しかし一方で、生産者の高齢化、一部後継者不足に加え家畜ふん尿処理をめぐる法規制の施行等生産現場をめぐる課題を抱え、将来に向けた生産基盤は磐石とは言い難い状況といえる。

また、製造の合理化やコストの低減を図りながら低価格競争に対処し、消費者には本物の味を、生産者には安定した経営ができる基盤づくりを目指して工場の一本化を進めているが、新工場建設には多額な投資を余儀なくされている。

従って、生産現場に対しては今まで以上にきめ細かな営農指導に努めたいとしている。特に粗飼料の確保において転作田、休耕田の有効活用はもとより飼料用稲を利用したホールクロップサイレージの利用、これらに伴うコントラククターの拡充等地域耕種農家とより密接な連携を図りながら生産の維持拡大に努めたい。

一方、販売については産直交流や宅配事業で培ったノウハウを最大限に活用し、どこまでも消費者に軸足をおき牛乳のみならず、地産地消事業とも連携した地元農水産品をも含む販売戦略を構築し、地域産業の活性化につなげていきたい。

組合員の生産した牛乳だけで事業の展開を図るには、安定生産、安定供給、安定消費、安心安全の4つのテーマはキーワードとなる。

生乳の確保については、酪農組織の一本化が実現したことで、当面心配は無いものの、生産現場の現状を見る時、不安定要素を抱えていることを認識すべきである。

近年、中規模階層の規模拡大志向やゆとりある酪農経営を目指した「定休型ヘルパー制度」の充実等によって、生産者の飼養意欲の向上が見られることは生乳の生産確保に有利に働き、一方、新工場の稼働による販売面の強化は、飼養者に好意的に受け入れられこの面からも生産の拡大が期待できる。

今まで以上に生産現場と一体となったきめ細かな生産刺激対策が求められる。

一方、販売面においては、組合創設の基本理念を追い求めることが大切と考える。

幸い当組合は、産直交流や宅配事業を通じて培った消費者との信頼関係を構築しており、これを軸とした事業の展開を図って行くならば、今後においてもいささかも揺るぎないものとして発展すると思慮する。